本日、藤井久仁江先生の密葬でした。
大きな存在を失ってしまった寂しさ、後悔、虚しさ、、、
こころにぽかっと穴の空いたような、複雑な思いです。
私が、師匠の山口五郎の死に直面したときの、あの絶望感を、久仁江先生のお弟子さん方も今感じておられると思うと胸が張り裂ける思いです。
涙して涙して涙して、涙する日々。
藤井久仁江先生、山口五郎先生。
昭和の大名人の前で稽古や下合せを数多くさせていただきました。こんなに恐い場面は他にはない、どんな聴衆よりも一番耳の肥えている人の前で演奏したのだから、舞台なんか緊張するに足らない、といつも自分に言い聞かせ演奏に望んでいました。それも叶わなくなりました。
かつて私がそうであったように、「他人」に多くを語られることに不快な思いをされるお弟子さんもたくさんおられることと思います。
一つだけ。
泰和さん、昭子さん、いいですよね?
納棺の日、ご兄妹で先生に献曲をするために、先生愛用の大振りの撥と小振りの撥、二つをタンスから出したそうです。
するとその撥は考えられないくらいに「真っ茶色」に変色していました。他の撥は真っ白なのに。つい三ヶ月前に先生ご自身が使ったばかりなのに。
私もその撥を目の当たりにしたときには愕然としました。
同じような話。7年前の山口五郎先生の葬儀。一月の寒い曇り空でしたが天候のくずれは全くなさそうな日でした。大勢のご弔問の皆様に先生の最後の演奏「巣鶴鈴慕」を聴いていただいていました。その時、突然、サァーッと全てを吹き飛ばすような一陣の風とともに粉雪が舞い散ったのです。
伝説として語り継がれるような幕切れでした。
芸に対する執念。
名人達の辿ってこられた修行、計り知れません。
藤井久仁江先生、ほんとうにありがとうございました。