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「命の次に大事な楽器です。」と語っておられた、四郎先生作の尺八です。

皆さんご存じの「曲管」。先生の流麗な演奏のイメージはこんなところからも作られているのかもしれません。
誰もが一度、あの竹を吹いてみたいと思うのは当然のこと。先生の目を盗んでこっそり吹かせてもらったものでした。しかし何故か先生にはそれが分かるのです。「息の気流が変わる。」とか言って、必ずばれるのです。それほどまでに御自分の「身体」の一部だったんだなあと感じ入りました。
先生がお亡くなりになってから暫くの間、そのころ代稽古をしていた数人が保守のために先生愛用の楽器を交代で吹くことに。と言っても、ものの10分足らずってところでしたが。しかし10分でも堂々と心ゆくまで吹けるということは、何にも増して先生の演奏の秘密を探れるチャンスです。先生が亡くなって悲しい思いはもちろんですが、この一点に関しては超=嬉しい!全神経集中で吹かせていただきました。
!!!???
ダメです。鳴りません。鳴らせません。とても無理です。私には。私たちには。言うことを聞かない大排気量の車を運転するような感じ。それもマニュアルの。とても難しい。肺活量二倍なきゃダメって感じ。癖がありすぎです。甲のロが鳴らない。乙のレは引っ掛かる。音程のバランス悪し。
よくあの竹であんな演奏が出来たなぁ、と感心するというよりも、それは理屈抜きで身体の一部であったんだろうなぁと。
四郎先生の製管法は独特で、管の中をなるべく竹本来の姿のまま残す、という作り方でした。特に山口五郎先生のあの竹は目立ってその特徴が現れていて、「何じゃこりゃ!??」というぐらいに管の中に節が残っていてガタガタで半完成品の様でした。それが竹本来の「竹韻」を残すと言っておられた様です。
また、それにも増して先生も無頓着というか大らかというか、僕が大学に入って指導を受けだした頃、あの竹、第4孔の右脇に「割れ」が走っているのですが、なんとそれを「セロテープ」で塞いでいたのです。かなり暫くのあいだ「セロテープ」は健在でした。割れ止めの効果は全くないと思いますが。。。
先生に伺った面白い話。
ドイツのケルン(だったと思います。。。)で放送局の記録録音をするということで、あるホールで録音をしたそうです。
ヨーロッパは乾燥しているので、ただでさえ中継ぎの緩い先生の楽器、演奏中にスポッと抜けてしまったそうです。そこであわてず差し込み直し演奏を再開したそうですが、NGとも何ともいわれずそれ一回きりで録音が終わったらしく「あれで良かったのかねぇ?」とか言いながら笑っていました。
その録音、是非聴いてみたいのですが。。。
あまり余計なことばかり書くと先生に怒られそう。。。
先生、すいません。
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(つづきます。)